そのうちきっと

通訳学校時代のこと。Newsweekの記事を読む授業で、表面的な意味は分かるけど、なぜそうなるのかが感覚としてしっくり理解できない、ということが何度かあった。そんな時、私のメンターである先生は「そのうちきっと分かる時が来ますよ」とおっしゃった。

何年もして、ふとした時に「あ、あの時に分からなかったあれはこういうことだったのか!」と感じる瞬間がやってくる。

頭の片隅にずっとある「なんでだろう」という思い。その思いをただ持ち続けさえすれば、ある瞬間にぴかーんと閃いたように実に明快にその答えが自分の目の前に現れる。それは英文の解釈だけでなく、自分の人生で起こるちょっとしたことや世の中の不条理と感じる出来事に関してもそう。多少の時間はかかっても、そのうちきっとなぜなのかが分かる時が来ると思えるようになってきた。

新聞に有馬稲子さんの「誰かが『いとおしいものを失うことが人生だ』と書いていました。人生はそういうものだと思っています。」という言葉があった。有馬さんは79年の人生でいくつもの厳しい出来事や、ああそうだったのかという思いを経て、今こういうことをさらりと言えるようになったのだろうな。

私が心からいとおしいと思うカナダの家族の大事な人を失った意味を、私はこれからずっと考えていくと思います。

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by honyakusha | 2012-02-23 06:08 | 仕事・趣味 | Comments(0)
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